2012年03月04日

驚くよりも呆れる

日本政府が尖閣諸島周辺の70に及ぶ無名
の島に命名したことを発表するや、中国が
すかさず中国名の一覧を対抗的に発表しま
した。

あまりの準備の良さに、驚くよりも呆れ
ましたね。世界中を相手に商標権の争い
をしているほどですから、無理もありま
せんが。。。



河村市長の南京事件に関する発言にも、ま
るで条件反射的に対応してくるところは、
日本の外交官たちも学ぶべきかもしれま
せん。

しかし、南京事件の真偽とは別の問題です。

南京市民30万人が日本軍によって虐殺され
たとする事件以後、当の中国人たちが事件の
ことをどのように感じたか、を物語る逸話が
あります。

以下は、来日して子竜と仲良くなった中国人
男性から聞いた話です。



彼の母親は南京出身で、子供の頃に事件が
あったとされる南京に住んでいたとのこと。

彼の母親の話では、中国軍が撤退して日本軍
がやってきたとき、皆が歓迎したそうです。

住民から略奪する中国軍よりも規律正しい
日本軍のおかげで子供だった母親が一人で
外出できるほどに治安が良くなり、市外へ
逃げていた人たちも戻ってきて、見る間に
人口が増えたとか。



事件直前の南京市の人口は約20万人。
事件直後には25万人に増えています。

これは、食料を配給した記録として当時の
南京市公文書として保存されておりますし
事件当時には9カ国のジャーナリストたち
が滞在していたのに、誰も事件をスクープ
していないのです。

もちろん、20万人の人口なのに30万人を
虐殺するなんて不可能です。



さらには、軍事的な検証として、当時の日本軍
の戦時装備からも、住民を撃つための銃弾など
ありませんでした。

なぜなら、中国軍がいつ南京市を奪還に来るか
わからないときに、日本軍兵士1名あたり小銃
弾100発という保有弾数で守備しなくては
ならないのです。

また、たった数日で30万人を殺戮できる能力
があったなら、日中戦争は簡単に決着していた
でしょう。



しかも、南京事件を東京裁判に事案として上程
されたのは、日本の弁護団が広島長崎に投下さ
れた原子爆弾に言及してからでした。

痛いところを突っ込まれたのでしょう。住民
虐殺30万人という数字を捏造する必要が
連合国側に急遽生じたのでした。

すなわち、東京裁判の前半には、中国人検事
すら知らない事件だったのです。



日本の歴代政府は、南京事件に関する発言を
ずっと控えてきました。

というよりも、個人的に事件を否定した大臣
が更迭されるなど、中国へ誤ったメッセージ
を送り続けてきたのではないでしょうか。

いいえ、日本人の中にも南京事件があったと
信じている人はいます。ほとんどは〇〇党員
と思われますが。。。

日本の国益を真に考えるなら、うやむやの
ままでは済まされない事件でしょうね。


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posted by 子竜 螢 at 12:59| Comment(4) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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