2012年12月14日

仮名手本の意味

12月14日といえば、赤穂浪士の吉良邸
討ち入りの日ですね。

実際には翌日の未明なのですが、集合して
出発したのが14日とされております。



さて、歌舞伎の世界では単に忠臣蔵とは表現
せずに、仮名手本を付したものになっています。
なぜでしょうか。

江戸時代に広く使われていたいろは18文字の
仮名手本は、7行7段になっていました。

最後段をあかさたなのように順に読みますと、
「とかなくしす」になるのですが、これこそが
庶民がご政道を批判した最たるものだったのです。



「とかなくしす」は「咎なく死す」なのです。

家臣として当然の敵討ちをした者たちが、罪人
として扱われて切腹したことへの反感なのです。

武士道を貫いた赤穂義士たちを召抱えようとした
大名がいくつもあったほどですから、切腹の沙汰
は武士道を否定するものでした。



ちなみに、武士道とは直接の主君に忠誠を誓う
ものであって、主君の主君への配慮は無用とさ
れておりました。

なので、徳川幕府への配慮をしなかった罪は
本来問えないものだったのです。

こうして、仮名手本となったことから、忠臣蔵
が日本の文化として根付くようになったという
わけです。


※北海道グルメ通販
美味しくなければ返金します。
http://dondon.in/shop/onlineshop/518h90t1ki.html



posted by 子竜 螢 at 11:41| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする