2010年01月22日

ら抜き言葉を考える

ら抜き言葉というものがあります。

しかし、これは正しい表現ではなく
ら入れ言葉とら抜き言葉では本来意
味が違うのですね。


亡くなられた国語学者の金田一晴彦氏が
NHKの番組で語っておられ、学研の
現代新国語辞典改訂第四版でも述べられ
ているところでは、以下のような感じです。

ら抜き言葉は今に始まったことではなくて
江戸時代に発祥がみられ、大正時代には
可能の意味しかない「れる」だけを分ける
のが普通でした。


たとえば

★変えられる
誰かに変更されてしまった
尊敬の意味での、変えられますか

★変えれる
変えることが可能


もうひとつ例です

★見られる
誰かにこっそり覗き見された
尊敬の意味での、見られますか

★見れる
見ることができる


このように、意味によって使い分けるのが
以前では正しかったわけです。

というわけで、ら抜き言葉を考えてみました。


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posted by 子竜 螢 at 14:14| Comment(1) | 言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

どちらも「られる」が正しいと記憶していましたが、私の記憶違いでしょうか?

ら抜き言葉と言われるのは、可能の意味として使う「られる」を「れる」に省略すること……ですよね?

可能の意味で使う場合、たとえば「入る」なら「入れる」が正しく、「見る」「変える」などは「見られる」「変えられる」が正しい表現……だったような。

違っていたらすみません!

Posted by Y at 2010年01月22日 18:49
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