2012年01月24日

死刑がなくなる?

裁判員制度が始まってから間もなく3年
になろうとしています。

3年を目処に制度を改正することになって
いるのにつけて、日弁連が驚くべき改正案
を法務省に提出するようです。



日弁連の改正案は裁判員の心の負担を軽く
する意図なのでしょうけれど、実質的に
死刑を廃止しようという意図が見え隠れ
しているとしか思えません。

判事3名と裁判員6名による審理で、全員
が一致しないと死刑判決を出さないという
改正案は、実質死刑を廃止するものです。



これを、裁判員への心の配慮というのなら
アメリカの陪審員のように裁判員は有罪か
無罪かの決定だけにして、量刑は判事のみ
に任せるほうがいい。

被害者の遺族への心の配慮も忘れてはなり
ませんよ。実質死刑がなくなりそうな制度
への移行は、遺族の心を無視するものです。



アメリカのある州では、遺族が電気椅子の
スイッチを押してもいいという。

そこまでしろとは言いませんが、死刑の廃止
はもっと国民的な議論を積み重ねるべきかと
思うのです。

ともすれば被害者側の人権よりも犯人側の
人権が尊重される日本の司法制度を、この際
見直してはどうでしょうか。

さもないと、外国人による犯罪は減りそうも
ありませんよ。


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ラベル:裁判員
posted by 子竜 螢 at 12:00| Comment(2) | 裁判員制度 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私はこれを見て、なんと愚かな方針決定だろうと思いました。
死刑の重みが陪審員の心の負担になると言う理由などは意味が通りません。現に死刑と言う刑罰が存在してそれを強いる事もある。と言うのが基本方針でなかったのかなと思います。
現状懲役刑での最高は無期ですが、20年で出所が可能な場合もあると言うのが現実です。
陪審員制度は、全ての人にとって犯罪行為の重さを見つめ直す機会なのではないかと思います。それを、負担が大きいという確証の少ない言葉一つで指針を変更すると言うのでは、余りに日本の刑法がお粗末であったとしか思えません。私は死刑を否定すると言う事は、犯罪者の増加を促す結果になると思っています。
Posted by König at 2012年01月25日 00:38
日弁連という法律の専門家さんたちが考えた
にしてはおかしな案ですよね。

死刑廃止へ動きたいのであれば刑法のほうを
改正すべきであって、裁判員法を変えるのは
本末転倒です。

Königさんが仰るように、犯罪の抑止力として
の死刑制度なのです。裁判員の中に一人でも
死刑廃止論者がいたなら死刑にならないなんて
判決の不公平感を生み出すだけでしょうね。

コメントありがとうございました。

Posted by 子竜 螢 at 2012年01月25日 12:04
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