2012年05月21日

電力不足がウソな理由

この夏の電力不足が懸念されています。

電力各社が発表した最大供給電力量が予想され
る消費電力を上回るとして、とくに関西電力
管内では15%の節電が必要との呼びかけを
行なっています。



しかし、大手マスコミのそういう呼びかけは
本当なのでしょうか。

いいえ、すでに週刊ポストが詳細なデータを
もとに余剰電力量をはじき出しておりますし、
もっと確かな証拠があるのです。



証拠を提示する前に言っておきますが、原発
をどうしても再稼動させたい勢力が発表して
いる電力不足という実態とは、電力余剰への
努力を怠っているか、または余剰を隠している
ものであることをご理解ください。

電力会社から政治献金を受けている政治家と
電力会社からCM代金を受けているマスコミ
とがグルになっているのです。



原発がなくても電力が足りている証拠ははっきり
しています。

たとえ小さな地震でも、原発は自動的に運転停止
するシステムになっており、その瞬間に火力発電
によるサポートで、停電を起こしません。

毎日どこかで地震のある日本では、原発の発電量
に見合う火力発電所があるというわけなのです。

つまり、それらを常に稼動させていれば、原発は
必要ありません。原発を再稼動させたい人たちは
発電コストの問題だけで、絶対に安全とは言い切れ
ない原発を動かしたいのです。



そして、国債標準価格の3倍もするLNG液化天然
ガスを仕入れているから火力発電は原発よりも高く
つくなどと言い逃れています。

現在でも原発とLNGによる発電コストはほぼ同額
なのですから、国債標準価格による仕入れをすれば
火力発電のほうが圧倒的に安くなるのです。



ですから、原発を動かさないから値上げします、と
いう主張も間違っています。

東電を国有化させますと、もっとやりたい放題に
なるものと懸念されるのです。

要は、競争の原理が働かない電力市場に問題がある
のであって、そこのところを正しく見極める力を
国民は持っていなくてはならないでしょう。

ちなみに、アメリカには600社近い電力会社が
あり、価格競争をしているので日本の3分の1の
電気料金なのです。

我々国民は、この機会にこそ声を大にして叫ぶ必要
があるでしょうね。


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ラベル:節電 電力不足
posted by 子竜 螢 at 08:37| Comment(7) | エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>文学こそ小説であり、それ意外は小説だと思っていない

文学で名作といわれるものは「小説として面白く書けている」から読み継がれているに違いないと思うんですが。
カチカチの海外文学も読みますが、ドストエフスキーはミステリー、カフカはホラー、マルケスはファンタジーです。

小説の書き方サイトのほうのコメントでした。
Posted by 西田です at 2012年05月21日 18:18
ライトノベルが、若者に売れているようです。
本屋さんで、ご婦人も手に取って見ていました。
でも、薄利多売で作者は使い捨ての気もします。

ミステリーも売れ筋のようですが、誰がどうやって
殺したなんて興味なし。どう生きたかは大事ですが。
なぜに賞金が高額なのが不思議です。

私の興味は、戦記とSFなので、それに集中します。
面白味が少なく論文にならないように注意します。
資料をよく検討しました。学研向けを一気に書きます。

小説講座では、鍛えたアスリートは、一般人より、
100m走もマラソンも速いということですね。
美しい文章よりも、楽しい本が、私も好きです。
Posted by いばらき at 2012年05月21日 21:37
西田さん、コメントありがとうございます。

むこうのサイトはコメントをうまく表示できません
ので、これからもコチラでお願いします。

小説に関する話ですが、現在の形式になって150年
ほどしか経ちませんので、文学のみが小説と考えるの
は早すぎませんかね。

まだまだ進化の過程であると思いますし、面白いから
読み次がれてきたという意見には賛成です。

司馬遼太郎も松本清張だって、死後も読み次がれて
いますし、純文学じゃありませんよね。

ただ。。。

両氏の作品は単に、面白いから、ではない気がします。

とくに司馬氏の作品は日本人の魂を根幹から揺さぶる
何かを感じるほどです。

文学賞の応募作品に出版社と審査員が求めているものは
次なる進化の形なのかもしれませんね。

Posted by 子竜 螢 at 2012年05月22日 07:43
いばらきさん、頑張っておられますね。
とても楽しみです。

どの分野でも、作者は出版社の駒でしかあり
ませんので、捨て駒にされないよう、自分なり
のブランディングが必要になります。

平均的な優等生よりも、荒削りだけどピカイチ
な部分を持っているほうがプロとして続けて
いけると思います。

そのために、小説にもアスリート並みの練習を
採り入れましょうという意味でした。

9月1日の締め切りまで、悔いのないよう過ごし
てくださいね。
Posted by 子竜 螢 at 2012年05月22日 07:52
みなさん、小説の話をされているようですので、私も記事には関係ないことを、少々。
 つい最近、ひとつ草稿が出来上がりました。
 推敲2回目したところです。
 でも、私の小説って、どうも感動が小さいですね。
 もっと感動的に書けないものか、いつも思ってしまいます。
 クライマックスに欠けると言いましょうか。
 これでは、とてもとても……。
 題材よりも書き方がまずい気がします。

 電力に関しては、先生の言われることに賛成です。
 電力会社をたくさん作って地産池消を目指すべきです。


  
Posted by Pearsword at 2012年05月22日 16:07
小説について・・・

考え方の違いかもしれませんが、小説というものは娯楽です。紫式部さんも1500年たった今でも読まれてるとは思ってないと思います。

おそらくですが、今の時代の情報の耐久日数は、かつての文豪と呼ばれる方々の出版してきた時の30%程度の質であってもその消化速度から耐えられるものが出来ないと売れない時代という事かも知れません。
例えば、北朝鮮のミサイル発射直後何分でわかりましたでしょうか?イラク戦争で米軍の先制攻撃は何分後に報道されたでしょうか?という感じに、情報の消化速度が速くなりすぎてるので名作が生まれにくい環境であると思います。情報のバブル見たいものですかね。
Posted by König at 2012年05月23日 01:43
Pearswordさん、いつもありがとうございます。

クライマックス場面の感動の足りなさとは、そこへ
至プロセスもさることながら、人物を描き足りない
のも原因となります。

要するに、描きたい最終場面に絶対不向きな人物を
設定しておき、その人物が最後に心を開くから感動
が生まれるのです。

もともと感動しやすい人物にしますと、物足りなさを
感じてしまいますよ。



Königさん、コメントありがとうございます。

たしかに、情報の賞味期限が短くなっていますよね。
どんなにすばらしい作品でも、何年か経ちますと完全
に忘れ去られてしまいます。

でも、何かのきっかけで再評価されることも稀にある
ので、書き続けるしかありません。

自分の作品の後世での評価が確かめられないのが、
最大に辛い部分でしょうか。
Posted by 子竜 螢 at 2012年05月23日 15:30
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