2016年04月07日

戦艦大和

4月7日は、71年前に撃沈された戦艦大和の命日です。

沖縄に押し寄せたアメリカ軍に一泡拭かせようと出撃
したのですが、航空機の集中攻撃にあい、航程半ばで
沈んだのでした。



戦艦大和の最期については、辺見じゅんさんが「男た
ちの大和」で描いております。

映画化されましたので、ご存知の方は多いでしょう。



なぜ絶望的な状況下で、しかも航空隊の援護もなしに
出撃したのかといえば、そこにはドラマがありました。

最初、沖縄の危機を知りつつも、海軍は援軍の派遣が
成功する可能性はないとして、無念のうちに耐える方針
でした。

しかし、沖縄を本土の一部としてお考えの昭和天皇が
「海軍にはもう軍艦はいないのか」
と申されて、急遽出撃が決まったのです。



ちなみに、片道燃料というのは俗説でして、徳山製油所
の担当者の証言によれば、帳尻の合わない余った油がか
なりあったので、全部給油したとのことで、呉軍港と沖
縄を二往復できるほどだったそうです。

たった3年と4ヶ月しか海上にいなかった戦艦大和は、ほ
んの限られた国民しか目にできませんでした。

戦後生まれの我々は写真とプラモデルからしか全貌を推し
量れませんが、大和の完成と時を一にしての開戦と、沈没
まもなくの終戦から、なにか不思議なものを感じます。


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ラベル:戦艦大和
posted by 子竜 螢 at 13:00| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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