2016年12月08日

開戦の真実

日支事変以降、終戦までを大東亜戦争と呼びますが、主に
陸軍が主張していた呼称です。

12月8日の開戦以降、主戦場が太平洋に移ってからは、海
軍が提唱する太平洋戦争という呼称が併用されることにな
りました。



安倍総理が月末に真珠湾を訪れて、真珠湾攻撃によるアメ
リカ軍戦没者を慰霊するといいます。

オバマ大統領が広島を訪れたことへの返礼の意味かもしれ
ません。



ところで、

真珠湾攻撃によって太平洋戦争が始まった、などと歴史の
教科書に書かれてあったりするのですが、それは大きな間
違いです。

しかし、そう教わって信じている人は少なくありません。

実際には、

陸軍の動きのほうが2時間ほど早くて、マレー半島のコタ
バルという町付近へ上陸作戦を開始したのが始まりです。

当時、マレー半島はイギリス領でした。でも、町には監視
員程度しかおらず、すぐに逃げ出したので戦闘にはなりま
せんでした。



予定では朝を待つことになっていたのですが、陸軍がなぜ
2時間ほど早く作戦を開始したのかというと、時差の関係
です。

海軍の真珠湾攻撃から6時間も待たされると、イギリス軍の
防衛態勢が整ってしまうことを恐れたのです。



その結果、当然のことながら、イギリス軍からアメリカ軍へ
日本軍のマレー半島侵攻が伝えられました。まだ真珠湾が
攻撃される1時間以上も前のことです。

そして、ハワイにあるレーダーサイトでも、日本軍の編隊
接近を捉えていました。

なので、真珠湾奇襲が成功したというのは、どう考えても
おかしいのです。

同盟国のイギリス軍から通報を受けたアメリカ軍士官の証言
によりますと、ホワイトハウスへはちゃんと通達したといい
ます。

同時に通達されたオランダ軍とオーストラリア軍には、届い
ておりますから、真珠湾が騙まし討ちなどと叫んでいたのは
ただの戦意高揚のためのスローガンでしかなかったと思われ
ます。



問題なのは、ルーズベルト大統領にまで伝わっていたのかど
うかでしょう。

証拠はありませんが、伝わっていたと思います。もしも伝え
忘れていたりすれば、その人たちには重い処分が下されたは
ずですからね。そういう記録もないのです。

なので、ナチスが暴威を振るっているヨーロッパの戦いに、
アメリカが参戦することを連邦議会が反対していましたから、
ドイツと同盟を結んでいる日本からの攻撃は、ルーズベルト
大統領にとって渡りに船だったのでしょう。知っていながら
あえて黙殺したというのが本当のところではないでしょうか。



ともかく、真珠湾攻撃から75年も過ぎました。今はアメリカ
との強固な同盟下にあります。

だからといって、当時のアメリカが今のように正義感の強い
国だったとは思わないでください。

当時のアメリカとて帝国主義の考えに染まり、各地に植民地
を従えていたのです。フィリピンが代表的ですね。

歴史を語るときには、現在の倫理観ではなく、当時の状況を
よく把握する必要があるでしょう。


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ラベル:真珠湾攻撃
posted by 子竜 螢 at 11:33| Comment(2) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本は譲歩を重ねたのに中国と同調して挑発を繰り返し、更には石油止めによって追い込まれましたし、そもそも宣戦布告無しは大東亜戦争後でもアメリカ等は宣戦布告無しの攻撃を加えてますものね。
結局、アメリカは余計に世界を混乱させただけですかね?
Posted by G.FUJINUMA at 2016年12月09日 00:04
G.FUJINUMAさん、ありがとうございます。

アメリカって国は、長期戦略を採用しない国なのです。

第二次世界大戦でソ連や中国と組み、戦後の対立をむしろ激しくしてしまいました。

また、中東の武装勢力やイランの台頭を抑えるために、フセイン政権へ武器などの援助をしていた過去もありますからね。

行き当たりバッタリなのです。

Posted by 子竜 螢 at 2016年12月09日 17:06
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